病院へ行くことになったきっかけ
当時私には5歳と2歳の息子がいました。
次男の様子がおかしいため、妻にかかりつけの小児科病院に連れて行ってもらいました。
(次男の様子について、診断前の様子をまとめた記事に記載しています。)
私は長男と留守番をしていました。
診察と検査
小児科病院にて
かかりつけの小児科病院では、尿検査を受けました。
尿に糖が出ていること(=尿糖)が確認され、「一型糖尿病の疑いがあるので、すぐに市民病院に行くように」と指示されました。
※本来、尿に糖は出ないため異常と判断されます
この時点で妻から状況を教えてもらいました。
その時の私は、一型糖尿病はおろか糖尿病のことすら病名しか知らず、事の重大さをまだ理解できていませんでした。
「治る病気か?」と聞き、妻から「治らない」と回答され、かなり不安を感じました。
スマホで一型糖尿病の情報を集め始めて、知れば知るほど恐ろしくなりました。
10万人に2人程度が発症するという情報を見て、月並みですが「何故うちの息子にー」と強く思いました。
家には1台しか車はなく妻が乗って行っているので、近所にある私の実家で車をかりてすぐに市民病院に向かいました。あまりに慌てている私を見た祖母に落ち着くように言われたことを記憶しています。
市民病院にて
5歳の長男と市民病院に到着、処置中のため病室の前で待つように言われました。
「うわぁぁぁん」
「パパ、たーすーけーて!!」
「ママ、たーすーけーて!!」
病室の外で待っていた私の耳に、次男の叫び声が響きました。
居ても立っても居られず、私は病室の前で強く足踏みをしました。
ほどなくして扉を開けてもらい、一目散に次男に駆け寄って抱きしめました。そして一緒に泣きました。
医師と看護師数名がいて、尿道カテーテルを入れるところで嫌がって泣いていたところでした。
処置
通常の点滴のチューブにインスリンを入れられる機器が取り付けられていました。
そして、排出される尿量を把握する目的で、尿道カテーテルが付けられました。
次男も少し落ち着き、原因が分かり、治りはしないが対処法はあることに少し安堵しました。
ただ、これからどうやって生きていくのか。いつまで生きられるのか。の不安は残っています。
その日のこと
その日はそのまま帰ることはできず、入院することになりました。次男はまだ幼児のため、私か妻が常に付き添う必要があります。入院の目的は、血糖値を落ち着かせること、自宅でインスリン治療を始められることです。
まとめ
この日は、私たちの生活が大きく変わった日でした。
そして同時に、「一型糖尿病と向き合う生活」が始まった日でもあります。
このあと、実際にどんな生活が始まったのかについては、
また別の記事で書いていきます。


