退院したあと、一番不安だったのは「本当に家でやっていけるのか?」ということでした。
注射も、血糖測定も、すべて自分たちでやらなければいけない生活が始まりました。
退院直後の生活
口には出さなかったけど、久々に家で家族全員でご飯を食べられたことを嬉しく思っていました。
血糖値測定
当時はまだセンサー(腕にセンサーを取り付けて、血糖値を測定する方法)は、日本の保険適用がされておらず、処方できない状態でした。そのため、手の指先に採血針を刺して血液を少量出して、血液をセンサーにつけて血糖値を測定していました。
同じ指に繰り返し刺すと皮膚が硬くなるので、毎回場所を変えて針を刺すように指示をされていました。私たちは、左手・右手の計10本の指をローテーションしていました。
血糖値測定の回数は、毎食前の3回、毎食後2-3時間経過後の3回で、1日に6回実施していました。
手の指先に採血針を刺すとき、息子はそれほど痛がる様子はありませんでした。入院中に一度だけ指導を受けつつ自分の指で練習してみたのですが、たまたまかもしれませんが私にとっては痛かったです。1日6回はやりたくないのが私の感想で、早くセンサーを付けさせたい旨を医師に相談していました。
インスリン注射
毎食前に超速効型インスリン、就寝前に持続型インスリンを注射するため、1日に4回の注射が必要です。こちらも同じ部位に繰り返し刺すと皮膚が固くなるので、毎回場所を変えていました。私たちは、左腕(朝)→右腕(昼)→左ふともも(夕)→右ふともも(夜)の順番で実施していました。お腹に注射した方がよいという話も聞きましたが、息子はお腹の注射は怖がっていて、かなり嫌がったため断念しました。あと、腕より足のほうが痛がっていたことが多かったと思います。
インスリンの量は病院から指示された値にしていました。3歳で体がまだ小さいため、このとき超速攻型、持続型ともに3単位くらいでかなり少なかったです。2週間ごとに通院して、血糖値の記録を見ながらインスリンの単位数を変更していました。
私が注射をするとき、息子が痛がると「ごめんね!ごめんね!」と謝ってオロオロしていました。
妻が注射をするとき、息子が痛がると「がんばれ!がんばれ!」は励まし、終わったら「はい、よくがんばったね~」となだめていました。
客観的にみて、同じ注射でもこんなに対応が違うんだと感じました。
妻が看護師として働いているところを見たことはありませんが、何か看護師らしい一面が見える対応だと感じたことを覚えています。偏見かもしれませんが、看護師は注射でこどもが痛がっても謝ったりはしないですから。
就寝後の不安
これが一番の恐怖でした。
就寝前に血糖値を測り、低ければアメなどを食べさせて調整していましたが、それから低血糖になってしまって、死亡する可能性も0ではありません。たまに深夜に目が覚めた時に「もしかして息子からのSOSなんじゃないか」と思い、血糖値を測定しに行くということがしばしばありました。
おやつ
我が家では15:00-16:00におやつを食べる習慣がありました。
しかし、おやつのためにインスリン注射をすることは指導されておらず、退院後は血糖値のあまり上がらないおやつを食べることになりました。
入院前はこんなおやつでした。
- ポテトチップス
- クッキー
- チョコレート
- グミ
- アメ
しかし、退院後はこうなりました。
- おやつカルパス
- さけるチーズ
- ハム
- 糖質0のゼリー
- 0カロリーのジュース(コーラ、サイダー)
お菓子というより酒のつまみに見えるラインナップに変わってしまって、かわいそうでした。
ただ、0カロリーのジュースがある時代で良かったとも思いました。これがあるから、血糖値を上げずに甘味を感じることができるので。
息子の様子
普通の子どもと同様に、元気よく遊んでいました。
注射でたまに泣くことはあり、泣きながら「もう注射やだ。病院に返したい。」と言っていました。
私は言葉につまって何も言えず、涙をこらえるだけでした。
妻は「そういう病気になったんだから、仕方ないでしょ。やらないと苦しくなるだけだよ。」と冷静に諭すのでした。
私たちの様子
血糖値の値を見て、正常値であれば安堵し、異常に高くなると不安になるという生活でした。
医師に一喜一憂しなくていいと言われましたが、無理でした。
また、血糖値の記録するため、日記を書くようになりました。
食べたもの、時刻、血糖値、やったことを記載していました。
「L4」、「R1」は血糖値測定した指を示しています。
「L」は左手、「R」は右手。
「1」は親指、「2」は人差し指、「3」は中指、「4」は薬指、「5」は小指。
例えば、「L4」は左手薬指、「R1」は右手親指を示しています。
左手の親指→人差し指→中指→薬指→小指、右手の親指→人差し指→中指→薬指→小指の順番で実施していました。
実際に当時つけていた記録がこちらです。

まとめ
最初は不安しかありませんでしたが、少しずつ「生活」は回るようになっていきました。
完璧ではなくても、私たちでもなんとかやっていけるようになりました。
同じように不安を感じている方の、少しでも参考になれば嬉しいです。


